エルメスのデザイナーってどんな人?経歴とブランド誕生の歴史まで

作成日:2020年04月10日
最終更新日:2020年04月10日

エルメス

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エルメスといえば、誰もが知る高級ブランドです。

 

エルメスは、これまで様々なデザイナーがあらゆるアイテムを手掛け、多くの人気を博してきました。

 

エルメスはどのように誕生し、どのようなデザイナーがブランドに携わってきたのでしょうか。

 

今回はエルメスの歴史や、デザイナーについて詳しくご紹介します。

エルメスの誕生から現在までの歴史

まずは、エルメスの誕生から現在までの歴史についてご紹介します。

エルメスがどのようにして現在の地位を築いたのか、ご覧ください。

高級馬具工房として創業

「高級馬具工房として創業」のイメージ画像

エルメスは、ティエリー・エルメスが1837年に「高級馬具工房」として創業しました。

 

エルメスによる馬具の製造技術は、当時すでに高く評価されていました。

 

エルメスの馬具は耐久性が高いだけではなく、デザイン性も優れていて、「エルメスの鞍をつけている馬は持ち主よりもおしゃれ」と揶揄されたほどです。

皇族や貴族に愛用されるようになる

「皇族や貴族に愛用されるようになる」のイメージ画像

エルメスが作る馬具は、ロシアの皇帝やナポレオン3世にも愛されました。

パリの上流階級である一部の貴族だけではなく、皇室にもエルメスの馬具は評価されるようになったのです。

 

結果的に、エルメスは皇室御用達の馬具職人としても活躍することとなり、価値の高いブランドとして、さらに認知されるようになっていきました。

パリ万博で受賞

エルメスの作った馬具はパリ万博で高く評価され、1867年と1878年にはそれぞれで銀賞と金賞を受賞しました。

 

エルメスの馬具は、フランスのみならず、ヨーロッパ中に周知されることとなり、いわゆる「上流階級」の人々が顧客となっていきました。

事業を転向

「事業を転向」のイメージ画像

高級馬具工房として創業したエルメスですが、1890年に事業を転向します。

なぜなら、自動車の発展によって馬具の需要が低下してしまったからです。

エルメスは、馬具工房として続けていくことが難しいと判断し、馬具からファッション業界へと事業を大きく転向しました。

 

手作りかつ高品質なアイテム作りはこれまで通りに行い、エルメス初となるバッグ「サック・オータクロア」が発表されることとなりました。

その後もエルメスは、スカーフや香水、衣料品など、幅広く手掛けるようになったのです。

ラ・モントル・エルメスを設立し時計製造にも乗り出す

1978年、エルメスはスイスのピエンヌで、時計専門店の子会社として「ラ・モントル・エルメス」を設立しました。

 

当時、持ち歩く時計は、懐中時計が主流となっていました。

しかし、エルメスは懐中時計に使われる鎖の代わりに「皮」のベルトを採用し、腕時計を発案したのです。

 

これにより、エルメスはベルトを使用した時計の先駆者となりました。

現在は高級ブランドとして認知される

「現在は高級ブランドとして認知される」のイメージ画像

現在、エルメスは高級ファッションブランドとして、世界中で認知されています。

ジュエリーや衣料品、時計、香水など、エルメスの世界観が感じられるアイテムは、多くのファンに愛され、セレブにも多くの顧客がいます。

 

人気を集めるエルメスには、長い歴史があり、今日まで様々な紆余曲折があったのです。

エルメスのデザイナー経歴

エルメスには、これまで様々なデザイナーが就任してきました。

ここからは、エルメスのデザイナーとして活躍した方々の詳しい経歴についてご紹介します。

エリック・ベルジェール

「エリック・ベルジェール」のイメージ画像

出典元:https://damdamofficial.com/

1960年にフランスのトロワで生まれたエリック・ベルジェールは、1980年にパリの服飾の専門学校「エスモード」を主席で卒業しました。

その後、エルメスのレディース・クリエイティブ・ディレクターとして活躍し、1989年に退任しました。

 

エリック・ベルジェールは、1990~1992年にランバンのデザイナーに就任し、1995年には自分の名前をブランド名としたファッションブランド「エリック・ベルジェール」を立ち上げ、コレクションを発表したのです。

 

2002年には、ユナイテッド・アローズと独占契約を交わします。

2002年以降のエリック・ベルジェールは、日本だけでの展開となりました。

 

その後エリック・ベルジェールは、クリエイティブディレクターとして、数多くのブランドのコラボレーションを手掛けています。

クロード・ブルエ

「クロード・ブルエ」のイメージ画像

出典元:https://www.alfacastaldi.com

エリック・ベルジェールの後に、エルメスのデザイナーとして就任したのが、クロード・ブルエです。

クロード・ブルエは、フランスを代表するファッション誌「マリ・クレール」の編集長を務めていました。

 

クロード・ブルエは、1989年にエルメスのレディース・クリエイティブ・ディレクターとして就任し、8年間様々なアイテムを手掛けてきました。

マルタン・マルジェラ

マルタン・マルジェラは、長いエルメスの歴史の中でも、特に人気を集めたデザイナーです。

1957年ベルギーのランブール生まれのマルタン・マルジェラは、1981年にアントワープ王立美術アカデミーを卒業しました。

 

マルタン・マルジェラは、1985年~1987年まで、後にエルメスのデザイナーとして就任するジャン・ポール・ゴルチエの元で修業を重ね、1988年に「メゾン・マルタン・マルジェラ」を創立しました。

 

マルタン・マルジェラは、1997年にはエルメスのレディース・クリエイティブ・ディレクターに就任し、多くの名作を輩出したのです。

この時期は一般的に「マルジェラ期」と呼ばれています。

マルジェラ期のアイテムは、現在も高い人気を集めています。

 

マルタン・マルジェラは、2003年にエルメスを退任し、2008年にはメゾン・マルタン・マルジェラを退任し、現在はファッション業界から引退しています。

ジャン・ポール・ゴルチエ

「ジャン・ポール・ゴルチエ」のイメージ画像

出典元:http://en.vogue.fr

ジャン・ポール・ゴルチエは、1952年フランスのパリで生まれ、18歳でファッションブランド「ピエール・カルダン」に入社しました。

 

ジャン・ポール・ゴルチエは、翌年、フランスのデザイナーであるジャン・パトゥのアシスタントになり、その後はブランドとして創立された「ジャン・パトゥ」などで経験を積むことになりました。

 

ジャン・ポール・ゴルチエは、1976年、プレタポルテコレクションにてデビューを果たし、2年後に自身で「ジャン・ポール・ゴルチエ」を設立したのです。

さらに、1997年には、オートクチュールコレクションをスタートさせました。

ちなみに、エルメスのレディース・クリエイティブ・ディレクターに就任したのは、2004年のことです。

 

ジャン・ポール・ゴルチエは、2010年にジャン・ポール・ゴルチエのメンズラインを発表し、翌年にエルメスのレディース・クリエイティブ・ディレクターを退任しました。

 

2015年以降、ジャン・ポール・ゴルチエはオートクチュールに力を注ぎつつ、アーティストや映画俳優の衣装担当もこなし、幅広い分野で活躍しました。

クリストフ・ルメール

「クリストフ・ルメール」のイメージ画像

出典元:http://en.vogue.fr

クリストフ・ルメールは、1965年、フランスのブザンソンで生まれました。

クリストフ・ルメールは、もともと文学志望を専攻していましたが、ファッション業界に転向し、フランスの美術学校「アトリエ・セーブル」を卒業したのです。

 

「イヴ・サンローラン」「ティエリ・ミュグレー」の二つのデザインスタジオで働き、1986年からは「ジャン・パトゥ」と「クリスチャン・ラクロワ」で、アシスタントとして活動しました。

 

クリストフ・ルメールは、1990年、自分のブランドである「クリストフ・ルメール」を設立し、レディースウェアを中心に展開し、1994年にメンズウェアラインもスタートさせました。

 

2002年に「ラコステ」のアーティスティックディレクターに就任し、同時期にクリストフ・ルメールを休止します。

 

クリストフ・ルメールは、2006年に「クリストフ・ルメール」を再開後、2011年頃~2015年までエルメスのレディース・クリエイティブ・ディレクターに就任し活躍しました。

ナデージュ・ヴァネ・シビュルスキー

「ナデージュ・ヴァネ・シビュルスキー」のイメージ画像

出典元:http://www.elle.fr

ナデージュ・ヴァネ・シビュルスキーは、1981年フランスで生まれ、2003年にアントワープ王立芸術アカデミーを卒業しました。

 

2005~2008年まで「メゾン・マルタン・マルジェラ」に携わり、その後2011年まで「セリーヌ」で経験を積んできました。

 

セリーヌで働いた後、2014年の3月までコンテンポラリーブランド「ザ・ロウ」のクリエーションにも関わり、デザイナーとして様々な経験を積んできたのです。

 

ナデージュ・ヴァネ・シビュルスキーがエルメスのレディース・クリエイティブ・ディレクターに就任したのは、2015年のことです。

ナデージュ・ヴァネ・シビュルスキーは、自身の才能とこれまでの経験を駆使し、数々の人気商品を生み出しています。

ヴェロニク・ニシャニアン

「ヴェロニク・ニシャニアン」のイメージ画像

出典元:http://mf.inluxe.cn

ヴェロニク・ニシャニアンは、フランスのパリで生まれ、パリのオートクチュール専門学校を主席で卒業しました。

 

1976年、「セルッティ」のデザイナーを務め、その後1988年にはエルメスのメンズ・クリエイティブ・ディレクターに就任したのです。

ヴェロニク・ニシャニアンは、パリ市長賞を受賞したのを機に才能が世間から評価されるようになり、2009年にはエルメスのメンズ部門全体のディレクションを任されるようになったのです。

エルメス出身の日本人デザイナーも

「エルメス出身の日本人デザイナーも」のイメージ画像

出典元:https://www.picuki.com/tag/アルルナータ

エルメスでは日本人デザイナーも活躍していました。

エルメス出身である日本人デザイナー寺西俊輔は、京都大学建築学科卒業後、「ヨウジヤマモト」に入社しました。

 

生産管理やパタンナーとしての経験を積み、イタリア・ミラノで「キャロル・クリスチャン・ポエル」にてチーフパタンナーを、「アニオナ」デザイナーの専属3Dデザイナーとして活動をし、その後エルメスに入社しました。

 

エルメスでは、ウィメンズのプレタポルテの3Dデザイナーとして活躍し、2018年に日本で「アルルナータ」のブランドをスタートさせました。

 

アルルナータは、日本の伝統技術や伝統工芸品を用いたコレクションが特徴で、希少性の高さや上質さが評価されています。

まとめ

「まとめ」のイメージ画像

エルメスには長い歴史があり、これまで様々なデザイナーが活躍してきました。

それぞれのデザイナーが才能や経験をもとに、様々なアイテムを作り出して来たのです。

 

また、エルメスは過去に、日本人デザイナーが携わったこともあります。

 

性別や出身地、年齢よりも、センスや実力でデザイナーを選ぶエルメスだからこそ、多くのユーザーに愛されるアイテムを世に送り出すことができているのでしょう。

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