夫婦二人三脚の実力が特徴的なPRADA(プラダ)の歴史

作成日:2017年04月11日
最終更新日:2020年05月11日

プラダ

プラダの画像

 

 

今や世界のトップブランドであるPRADA(プラダ)。

 

こんなPRADA(プラダ)はいったいどのようにして生まれ、今の地位を築き上げたのでしょうか?

 

多くの人々を魅了するPRADA(プラダ)の歴史に迫っていきたいと思います。

PRADA(プラダ)創業

「PRADA(プラダ)創業」のイメージ画像

PRADA(プラダ)というとその歴史を築いた、ミウッチャ・プラダが有名ですが、創業は彼女が登場するよりもっと前の1913年までさかのぼります。

 

創業者はミウッチャの祖父であるマリオ・プラダとその弟のマルティーノプラダの二人です。

 

「プラダ兄弟」という店舗を構えたのがはじまりです。創業当初のPRADA(プラダ)はスーツケースや旅行かばん、パーティーバッグなどをそろえ、クロコダイルやパイソン、象やセイウチなどラグジュアリーなレザーのなめし革を使うという豪華なものが多かったのです。

 

このゴージャスな店舗が大成功をおさめ、開店から6年でヨーロッパ全土のセレブが集う場所となったんです。

 

順風満帆なはじまりでしたが、当時は戦争の真っただ中。第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけての時代は、PRADA(プラダ)の高級革製品が時代にそぐわないものになっていきました。

 

1970年代までのPRADA(プラダ)は創業当初は大きく飛躍したものの、戦争という要因のせいで、大きく低迷してしまったのです。

躍進へ

「躍進へ」のイメージ画像

その後PRADA(プラダ)はだんだんと躍進するのですが、そのきっかけとなったのがやはりミウッチャ・プラダがオーナー兼デザイナーとして活動を開始したことです。

 

1978年よりPRADA(プラダ)の躍進は始まります。ミウッチャはその夫となるパトリツィオ・ベルテッリと少し前に出会いますが、この出会いがPRADA(プラダ)の歴史を語るうえで重要になってきます。

 

最初の出会いはベルテッリがPRADA(プラダ)のバッグをコピーして、革製品の見本市でブースを立てていたことからです。ミウッチャがその噂を聞きつけて、ブースに乗り込みましたが、そこでベルテッリのイタリア皮革製品社とPRADA(プラダ)が独占販売のライセンス契約を結んだのです。

 

1979年に二人は恋人になるのですが、ビジネスパートナーとして、また恋人として、二人でPRADA(プラダ)というブランドを築いていくのです。

ナイロンのバックパック

「ナイロンのバックパック」のイメージ画像

PRADA(プラダ)を語るうえで避けては通れないのがナイロン製のバックパックです。このPRADA(プラダ)を代表する商品が生まれるきっかけとなったのはベルテッリの「PRADA(プラダ)は新しい一歩を踏み出さなければならない」一言です。

 

1970年代後半ミウッチャはこれまでにない新しいものを作ろうと、まだ見ぬ素材を追い求めていました。そしてたどり着いたのが、ミリタリー用品の工場で見つけたポコノという素材でした。

 

シルクのように軽く、上部で撥水性があり、手触りもいいこの素材を彼女は大変気に入ったんです。この素材を使って作られたのがPRADA(プラダ)を代表するバックパック。最初はなかなか受け入れられなかったこのバッグも1980年代なかばには一種の社会現象ともなるほどのアイテムになっていました。まさにベルテッリの一言からPRADA(プラダ)の躍進がはじまっていったのです。

着々と成長

「着々と成長」のイメージ画像

ミウッチャのデザイナー就任以降PRADA(プラダ)のビジネスはどんどん成長していきました。創業当初はなしえなかった三店舗目の開店も成功させ、世界中にその名前を知らせていきます。

 

そして1990年代に入ると大きな3つのビジネスが始まります。まず一つ目がセカンドラインではなく、姉妹ブランドとなるミュウミュウの設立。

 

ミュウミュウもまた今や世界を代表するブランドの一つですよね。二つ目は長年あたためてきたメンズラインの展開です。このメンズラインの展開に関してもベルテッリの提案からはじまりました。

 

最後にPRADA(プラダ)・ミラノ・アルテの設立でこれは後にPRADA(プラダ)財団となるのですが、ミウッチャがファッションとは異なる芸術家としての側面からPRADA(プラダ)の新しい局面に向かうはじめの一歩になりました。

高みを目指して

1977年の出会い以来、恋人兼ビジネスパートナーとしてPRADA(プラダ)を発展させてきたミウッチャとベルテッリですが、PRADA(プラダ)とベルテッリが経営する皮革製品者はライセンス契約があるだけで、まったく別の会社のままでした。1997年になってやっとこの二つの会社が統合されたんです。

 

そしてこの年に再び大きな転換が起こります。それはヨットレースの挑戦です。1999年から国際ヨットレース「アメリカス・カップ」で挑戦を続けることになります。2000年に入る直前から買収戦略にも乗り出し、次々と新しいことをやりつづけるのがPRADA(プラダ)です。結果としてPRADA(プラダ)とミュウミュウ併せて四つのブランドを有する企業グループにまで成長しました。

 

1900年代前半からはじまったPRADA(プラダ)。いろいろな困難を乗り越え、夫婦二人三脚でここまでを築き上げてきました。今後も魅力的な商品を輩出してくれるのが楽しみですね。

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