CELINE(セリーヌ)の歴史を辿る

作成日:2017年10月01日
最終更新日:2020年11月12日

セリーヌ

 

セリーヌ ラゲージ マイクロショッパー トリコロール 90

 

世界各国から多くの支持を集めているCELINE(セリーヌ)。

 

上品かつ美しく落ち着いた女性らしさを追求した無駄のないデザインが大人気です。

 

かつては上流階級向けのブランドでしたが、現在は世界有数のセレブリティ・ブランドとして広く知られています。

 

今回は多くの女性を魅了し続けているブランドCELINE(セリーヌ)の歴史について、詳しくコラムでお届けします!

【1945年】CELINE(セリーヌ)の誕生

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CELINE(セリーヌ)は、1945年に女性実業家であるセリーヌ・ヴィピアナが夫のリチャードと共にフランス・パリにて設立したファッションブランドです。

 

CELINE(セリーヌ)というブランド名は、デザインを担当していた妻の「セリーヌ」から名づけられたのだそうです。

 

当初はセリーヌが商品のデザインを手がけ、パリの職人技術で作り上げるという、オーダーメイド高級子供靴専門店でした。

 

もとはと言うと、夫妻の子どもの為に靴を作ったことがきっけかだったそうで、そこからビジネスをスタートさせるとは驚きです。

 

その子供靴は、素材やデザインが良いだけではなく、成長途中の不安定な子どもの足を考え尽くしたものでした。

 

そうした健康面にも重きを置いた子ども靴へのこだわりが、セリーヌの大きな強みだったようです。

 

その丁寧に製造された靴の評判は上流階級を中心にたちまち広がっていきます。

 

「子ども靴といえばセリーヌ」というほど人気は定着し、成長に合わせてセリーヌで靴を買い替えるという常連客はとても多かったのだそう。

 

その品質と人気の高さは親である婦人達からも注目を集め、1959年からは婦人靴の分野にも進出していきました。

 

この成功を受け、翌年の1960年代以降、成人女性向けの服・アクセサリー・バッグなど進出していきました。

 

また、1976年からはプレタポルテコレクションを開始。

 

CELINE(セリーヌ)はフランスのみにとどまらず、国内外で一流メゾンとしての地位を確立させました。

【1960年代】セリーヌがB.C.B.Gの代名詞的存在に

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1960年代に入ると、パリでは「B.C.B.G」と呼ばれるフレンチカジュアルスタイルが流行していました。

 

B.C.B.Gとは、ボンシック、ボンジャンルを略したもので、パリの上流階級の上質なライフスタイルを指します。

 

その流行の中でCELINE(セリーヌ)は、馬具であるくつわ型の金具のついた婦人用のモカシン「インカ」と呼ばれる婦人靴を販売し、これが爆発的ヒット商品となりました。

 

この商品を皮切りにバッグやレザーグッズなどが展開され、1965年にはスカーフや香水も取り扱われるようになっていきました。

 

1967年のプレタポルテコレクションを展開して以降、ベーシックなデザインを中心に、上質な素材や子供靴で受け継がれてきた精密な技術を駆使し、トータルファッションを扱うブランドとしてたちまち広がっていきました。

 

時代の背景的にオートクチュール中心の時代から、プレタポルテがヨーロッパのモード界を引っ張っていく時代に変わり、これを受けてCELINE(セリーヌ)はB.C.B.Gの代名詞的存在になったのです。

【1987年】人気低迷からLVMHグループ傘下に

LVMH

フランス最先端のファッションを次々と送り出し、セリーヌは世界各地に80以上の店舗をオープン。

 

セリーヌは高級メゾンとして不動の人気を獲得したものと思われました。

 

しかしながら順調に成長していると思っていた矢先、上流階級をターゲットとしてきたマーケティングは時代にそぐわなくなり、トレンドだったB.C.B.Gが廃れたことで、低迷期に突入します。

 

時代の流れと共に業績が低迷していき、ブランドはかつての勢いを失い、存続の危機に陥りました。

 

この危機を脱するため、CELINE(セリーヌ)1987年にLVMHを回収する前のペルナール・アルノーが率いる「フィナンシエール・アガッシュ社」という企業グループに回収されて傘下に入りました。

【1996年~】マイケル・コースの存在と数々のデザイナー達

オフィス

 

1987年にLVMHグループの傘下に加わったCELINE(セリーヌ)。

 

当時の女性社長であるナン・ルジェが抜擢され、そこから組織革命によりセリーヌは徐々に力を取り戻し始めていきました。

 

創設者のセリーヌ・ヴィピアナは、晩年のなんと1997年・87歳までデザイナーを務めたといいます。

 

低迷期もありながらセリーヌというブランドを心から愛していたのだとわかりますよね。

 

1996年にLVMHグループへと移管したCELINE(セリーヌ)は、ヴィピアナの死後すぐに、ニューヨークで活躍していたデザイナーのマイケル・コースをチーフデザイナーに迎え入れました。

 

マイケル・コースといえば、今では誰もが知る著名なデザイナーですよね。

 

マイケル・コースは得意としていたスポーティスタイルをセリーヌのデザインにも取り入れ、そのラグジュアリーとの融合は、新たなトレンドとして旋風を巻き起こしました。

 

マイケル・コースがセリーヌ時代に考案したスポーティスタイルが大反響を呼び、「新生CELINE(セリーヌ)」として完全復活するに至ったのです。

 

マイケル・コースの起用は、CELINE(セリーヌ)にとって大きな節目となり、就任してからの数年、売上を倍増させたと言われています。

 

2005年にマイケル・コースが退任した後しばらくは、パッとしない時期もわずかにありました。

 

そこから2005年にバーバリーのプローサムラインのデザイン経験のあるロベルト・メニケッティがアーティスティックディレクターを務め、2006年の春夏からは、クロアチア出身のイヴァナ・オマジックがアートディレクターに就任しています。

 

2008年にはクロエで活躍したフィービー・ファイロが10年程クリエイティブ・ディレクラー兼取締役に就任しました。

 

フィービーファイロも、マイケル・コースに引けを取らないほど大活躍したデザイナーで、ラゲージバッグをはじめとした数々の名作を残してくれた人物。

 

現在のセリーヌのデザイナーは、2018年に起用された鬼才のエディ・スリマンです。

 

どのデザイナーも一流ブランドで活躍してきた人たちで、これにより世界中のファッショニスタから多くの支持を集めました。

日本への進出

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セリーヌ・ジャパンの本社事務所は東京都の南青山にあり、2014年にリニューアルオープンした表参道店が販売やプロモーションの主軸となっています。コンセプトは、2014年の4月末にオープンしたパリのモンテーニュ店と同じになっています。

 

ここ以外にも百貨店やセレクトショップなどで多く取り扱われています。

 

日本ではシャネルやバレンシアガなどと並び、国内外の芸能人の私服スナップで度々目撃するなど人気のブランドです。

 

幅広い世代から支持されており、1984年にプリヂストンがCELINE(セリーヌ)の許可を得て限定で自転車を製造しました。

 

その中でもハンドルなどが金のメッキになっている最上級モデルの「シルエットセリーヌ SECL-27」は30台限定で製造され、大人気ドラマ「古畑任三郎」にて、主役の田村正和が乗ったことから一気に話題になりました。

 

現在のセリーヌは日本各地に30店舗あるほか、ECサイトでの販売も好調です。

世界から多くの支持を集める一流ブランドCELINE(セリーヌ)

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様々な壁や困難にぶつかりながらも成長し続けてきたCELINE(セリーヌ)。その背景には多くのデザイナー達が残した功績がありました。

 

今では世界中の有名人から支持され、パリコレクションに欠かせない一流ブランドです。

 

これからもさらなる進化を遂げ、たくさんの素敵な製品で世界を魅了していくことが期待できます。

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