クチュール界のピカソ、Balenciaga(バレンシアガ)の歴史

作成日:2017年11月21日
最終更新日:2020年05月11日

バレンシアガ

バレンシアガの画像

 

1900年代初頭、クリストバル・バレンシアガによりスペインで始まったBalenciaga(バレンシアガ)。現在はパリを本拠地とし、斬新なシルエットからファッション業界の先に立ち、女性に大きな影響を与え続けています。

 

創業者であるクリストバル・バレンシアガは、デザイン、技術共に圧倒的な支持を得ており、クリスチャン・ディオールやココ・シャネルからも賛美されています。

 

クリストバル・バレンシアガの生い立ちから、Balenciaga(バレンシアガ)の歴史を振りかえってみましょう。

独学で学んだバレンシアガ

服の画像

 

クリストバル・バレンシアガは1895年スペインに生まれます。母の影響から独学で裁断と縫製の技術を習得、公爵夫人のスーツをリメイクしたことで、才能が開花します。

 

仕立屋で修行の後、スペインのサン・セバスチャンに初のオートクチュール店をオープン。スペイン王家の中で評判が広がり、バレンシアガの名声は高まっていきます。服作りにおいて、デザインから縫製まで全て一人でこなし、身体に直接布を当てて作り上げる「立体裁断」は現在の服の大量生産に影響を与えました。

 

「クチュール界のピカソ」などと評され、初のパリコレに参加。高い技術と芸術性を認められ、Balenciaga(バレンシアガ)の人気はさらに上昇していきます。しかし、後にスペイン内乱が起きたため、パリへ移住することになります。

バレンシアガの引退

男性の画像

 

スペインからパリへと名声を広めていき、大きな話題を呼んだバレンシアガですが、フランス革命により、贅沢品の需要がなくなったことを理由に引退を決意します。1968年のコレクションがバレンシアガの最後のコレクションとなりました。

 

このニュースは「モードが完全に変わる」と言われるほど、世界中に衝撃を与えました。その後バレンシアガが死去し、後を引き継いだデザイナーの評判も上がらないまま、Balenciaga(バレンシアガ)は存続が厳しくなっていきます。

Balenciaga(バレンシアガ)の復活を導いた天才

ペンの画像

 

Balenciaga(バレンシアガ)の人気が衰えて行く中、1995年に二コラ・ジェスキエールがデザイナーとして就任します。ニコラ・ジェスキエールはさまざまなブランドのデザイナーとして活躍しており、数々の賞を受賞しました。

 

Balenciaga(バレンシアガ)の名声を復活させ、新しいブランドへと生まれ変わらせたのです。二コラは当時まだ26歳でした。コレクションでは毎シーズン斬新なアイディアで、新しいスタイルを切り込んでいき、世界を魅了させました。

GUCCI(グッチ)の買収から現在

グッチの画像

二コラ・ジェスキエールによって復活を果たしたBalenciaga(バレンシアガ)ですが、さらに新しい展開が訪れます。2001年にGUCCI(グッチ)グループがBalenciaga(バレンシアガ)を買収し、世界各国に店舗を設置し、事業を拡大しています。

 

GUCCI(グッチ)グループとは、SAINT LAURENT(イヴ・サンローラン)などの数々のブランドを買収し、一大ブランドへの形成する展開を行っていました。婦人服が中心となり、バッグ、時計、香水など様々なアイテムを幅広く展開しています。

 

2013年には新たなデザイナーにアレキサンダー・ワンが就任し、ケリンググループの所有となっています。2016年には、ズルズルとしたビッグシルエットが特徴的なデムナ・ヴァザリアがアーティスティックデザイナーとして就任しています。

ゆったりエレガントなデザインが特徴

女性の画像

 

当時の女性ファッションは、コルセットなどで腰を固めて体のラインが協調したシルエットの服が流行っていました。一人で着ることは難しく、体型が優れた女性しか着こなすことが出来ずにいました。そこでバレンシアガが作ったのが、体型を気にせず服を着ること。

 

彼は「女性のプロポーションが美しくある必要はない、私の服を着ることによって美しくなる」と格言を残しています。ウエストラインを持たないストレートなスカート「バレル・ルック」や、シンプルさを追求した「サック・ドレス」などの斬新なフォルムを生み出しました。

 

開放的で、ゆったりとしたシルエットで、どんな女性でも美しく魅せる服を作ったのです。バレンシアガは実際に、ファッションショーにモデルではなく一般人を登場させたこともあるようです。

Balenciaga(バレンシアガ)の魅力

女性の画像

 

服のデザイン、裁断から縫製まで妥協を許さないバレンシアガ。納得の行くまで何度も作り直しをし、完璧を求めていたそうです。服を機械によって作ることを否定したため、当時のファッション業界ビジネスの拡大をも断念し、表舞台にもほとんど出てこなかったのです。

 

華々しい舞台を避けているにも関わらず、なぜディオールやココ・シャネルと並ぶ人気があるのでしょうか。それは、バレンシアガの芸術家ともいえる発想と、一貫して流されない強い信念は、世界を引き付ける力があるからだと思います。まさにココ・シャネルが格言した”クチュール界の建築家”と呼ばれる理由がわかったことでしょう。

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